類聚メモ帳PART2

更新はすごい不定期です。

室生寺その3(宇陀市)

本堂(灌頂堂)の左脇から続く石段からは、その上に聳え立つ五重塔の姿がすでに見えていた。「あれ…なんか意外に新しい感じ」

そう思わなくもなかったが、私はこの塔は平成期に台風により大きな被害を受けていたことを知っていた。だから、今まで見てきた金堂や中世の弥勒堂、本堂(灌頂堂)と比べてこの塔がいささか新しいように見えるのは仕方がないことであると理解していた。

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そう。室生寺五重塔のことが印象的なのは、単純に受験勉強の最初の知識で、これが弘仁・貞観文化のところで出てくる(=覚えなければいけない)数少ない建築物の一つであること以上に、平成10年(1998年)9月22日の台風7号*1の被害を受けたことが強烈に自身の脳裏に残っているからである。

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私はその時、まだ小学生であったが、台風が直撃したあの日は一番上の姉が中学校の修学旅行中で、滞在中の京都は停電となり、「闇鍋」状態で夕食をとった話を聞いたことと、夕方のニュースで室生寺五重塔が倒れた杉の木の直撃を受け、損傷したことをよく覚えているからだ。

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母は大学生の頃、室生寺に行ったことがあって、台風被害を受けた室生寺のニュースに衝撃を受けて、室生寺のことを話してくれた。室生寺が「女人高野」と呼ばれていることもこの時知ったのだ。

 

この台風は近畿地方文化財に大きな被害をもたらし、奈良県内では室生寺のほか、春日大社金峯山寺法隆寺等が倒木や強風による被害を受けている。

 

ところで室生寺の境内にはいくつか以下の写真のような看板が立っている。

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寺社に時折立っているこの謎の「文化財愛護」の看板。

私の出身地、鎌倉にも特に鶴岡八幡宮の境内などに複数この看板が立っている。

以前はこの看板のことなど気にも留めなかったが、こうやってあらためて見ると気になることが複数…

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「え?HITACHI?」

HITACHIとはあの日立製作所のことか…

なぜ?

これについて調べてみると(検索してみると)、実は他にも疑問を持った人が複数いたらしく、すぐに答えは出てきた。

実際に日立製作所に質問をした人もいたが、一番信頼できそうな公的機関のものをソースとすると以下の通りとなる。

ここまで説明してきた制札とは別に,文化財社寺では,「HITACHI」の名が入った文化財愛護を啓発する看板が設置されています。これは,昭和41年7月の大徳寺方丈の障壁画(重文)が焼失した火災を受けて,文化庁が要請し,株式会社日立製作所が国宝や重要文化財がある社寺を中心に設置を呼び掛けているもので,社会貢献の一環で行っているとのことです。

(京都市消防局HP 平成28年2月号 予防タイムズPART4)

へぇー、そうなんだ。なお、全国の寺社にこの看板は1000枚以上あるんだとか。

それはいいんだが、もっと気になるのは、この看板、体裁(すごく細かく書いてある場合とそうでもない場合など)がすごいまちまちで、統一感がない上間違いが書いてあるケースが各地であるんだとか…

参考▼

4travel.jp

4travel.jp

 

トホホ…

 

で、この室生寺においてもこの看板が自分が確認した以上、国宝の金堂の近くと五重塔の2か所に立っていた(長谷寺にも複数個所あった)。

 

おまけに妻の声で気づいた。

 

「すごーい!この塔は奈良時代だって!」

「え?奈良時代?」

 

言われて、例の看板に目をやる。

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確かに「奈良時代建立」って書いてある。

 

しかし…

 

え?

奈良時代

 

私の記憶では室生寺五重塔弘仁・貞観文化の分類に出てくるから、平安時代の建立ではないか、と思っていた。

でも、そうなのかもしれない。自分が知らないだけでこの塔は奈良時代まで遡るのかもしれないと…ということにした。

 

…が、あとから室生寺の宝物館に立ち寄ると、そこの案内板にはやはり室生寺平安時代初期の建立という説明がなされている。

 

大学生の時、文化史の授業を受ける際に教科書として指定された『カラー版 日本美術史年表』(美術出版社、2002年)にも「9世紀初頭」という表記がなされている。

 

800年代の建立ということで、平安時代の建築ということでよろしいかと。そうなると、この看板もやっぱり間違いということになる。

 

うーん…建てた側もなんかいいかげんな感じがして、トホホな感じ。

しかもお寺の人もこれ何も言わないのかなぁ…

日立製作所というまあ大企業だけど、文化財に対してはたぶん専門知識がない民間企業がまさにこんな「ニセ看板」を全国にばらまいて、いったい誰が得をするのか…

あと建てるんなら、もっと設置する場所を管理する寺社なり、文化庁や管轄の教委、文化財審議委員、学者などとよく協議して正確な内容を書いてもらいたい。

 

私見としては特に建築物に限ってはこういった文化財表示はあった方がいいが、一私企業が建てるのはどうなんだろう?

これぐらい文化庁が予算組んで、もっと体裁が統一された正確な内容の看板を一括して建てて管理した方がいいのでは?と思った。

 

なお、この文化財愛護の看板のこと、実は私は以前も取り上げていた。

pt-watcher.hateblo.jp

 

問題なのは「日立製作所」の名前が入ったこの看板、建築物の前にこんなに普通に立ってたら、知識がない人は普通に信じてしまうということ…

 

まったく、本当になんでこんなことになっているのか……

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こうして五重塔の参拝も終えると、私たちの旅はいよいよクライマックスへと向かう。

次は奥の院を訪ねる。

(続き)

予約投稿日時を間違えて「室生寺その4」を先に公開してしまいました(汗)

*1:台風7号…1998年9月17日にフィリピン付近で発生、南西諸島をかすめながら太平洋を北上し、9月22日に中心気圧960hPaで紀伊半島御坊付近に上陸。近畿地方を北上し、富山湾から日本海に抜け、同日中に鶴岡に再上陸。東北地方を抜け、北海道の東で温帯低気圧に変わる。国内での最大瞬間風速は室戸岬で58.5m/sを記録。全国の死者18名を出した他、室生寺を筆頭に近畿地方文化財に大きな被害をもたした。