類聚メモ帳PART2

るいじゅうめもちょう(移転しました。)※移転したため、記事内のリンクにリンク切れがあります。ご了承ください。

當麻寺―中之坊―(葛城市)

続いて私たちは當麻寺塔頭(子院)の一つ、中之坊へと向かった。當麻寺真言宗と浄土宗の並立の寺で、現在13の子院がある。中でも真言宗の西南院と中之坊、浄土宗寺院の奥院と護念院から毎年交代で當麻寺の住職が出されている。中之坊は中心的な塔頭の一つだが、中将姫が剃髪した場所という伝承を持ち、また庫裏と重要文化財の書院、そして庭園が有名だ。

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當麻寺―伽藍堂塔―(葛城市)

叡福寺であらかじめお願いしてあったタクシーに乗り、私たちは太子町から一路東へ向かう。国道166号(竹内街道)で府県境を越え、奈良県葛城市へ入る。距離としては7kmほどだが、途中山越えがある。自動車で20分ほどの旅だった。

當麻寺の参道に入り、仁王門が見え始めた頃、車が連なって渋滞し始めた。運転手さんは「ここは天満宮の駐車場なんですよねぇ」と言う。當麻寺の仁王門は見えていたから、ここで降ろしてもらっても構わなかったのだが、運転手さんはしきりに「ここはまだ違う」と言う。

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叡福寺(太子町)

いよいよ旅の舞台は長年、切望し続けてきた磯長の聖徳太子の廟所へ向かうこととなる。富田林駅前からタクシーに乗り、富田林の隣町である太子町の叡福寺(えいふくじ)へ行ってもらう。自動車にてだいたい10分少々で、叡福寺の門前に着いた。

ここが大阪府南河内郡太子町太子所在の磯長山(しながさん)叡福寺。真言宗系の単立寺院で、「上之太子」の通称がある。聖徳太子のお墓を守るためのお寺である。

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富田林の寺内町(富田林市)

磯長の叡福寺をお参りしようとしたが、アクセスが不便なためタクシーを拾う目的のためだけに降り立った富田林。しかし、富田林と言えば中世の寺内町(じないまち)で有名でもあるため、ついでならばと見てみよう、と思った。

富田林の寺内町は、近鉄富田林駅から徒歩だと10分くらい歩いた場所にある。閑静な住宅街を歩くと、やがてその領域が静かに近づいてきた。

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近鉄富田林駅前の石碑(富田林市)

11月の土日を利用して、大阪と奈良に旅行に行ってきた。再び新型コロナの感染者が増えだした、なんとも間の悪いGo to旅行である。しかし、この旅はどうしても行きたかった。それはかねてより行きたかった聖徳太子の御廟がある磯長(しなが)の叡福寺(大阪府南河内郡太子町)と、かつて高校生の時に手に取ったが挫折した折口信夫の小説『死者の書』の舞台である當麻寺(たいまでら)の参拝に行きたかったのだ。

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富岡製糸場(富岡市)

Go toキャンペーンに東京も追加されたことだし、ということで、久しぶりに車で遠出してきた。妻と遊びに車で出かけるのは、結婚してから初めてである。

どこに行こうか?といろいろ考えた。何かおいしいものを食べたい、と思い、神奈川県の三崎の方にでも…とも思ったが、せっかく出かけられるのに一度や二度行ったことがある場所はつまらない……ということになり、かねてから行きたかった富岡製糸場に行くことにした。

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代田橋の背の高い卒塔婆のある墓地(世田谷区)

ちょうど先週の日曜日のことだった。友達に会いに行くため、京王線に乗っていたところ、電車が代田橋付近を通過中、何気なく見た車窓から奇妙なものを見た。

それは墓地であったのだけれども、並んでいる追善供養の卒塔婆が、異様に背が高いのだ。「珍しい」と思った。場所を確認すると、代田橋の駅の手前にその墓地はあった。その場でGoogleストリートビューで付近を探索してみると、隣接する路地に面したブロック塀の上から、確かに背の高い卒塔婆が飛び出している写真を見ることができた。

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