類聚メモ帳PART2

更新はすごい不定期です。

愛知県に行ってきた1(鳳来寺山・鳳来寺東照宮)

この記事をもって類聚メモ帳は、とうとう100記事目に突入しました。なんか四国の旅や成田の回、車の話などをいれて無理やり合わせた感がありますが、気にしない。飽きっぽい性格なので、今までで一番長く続いているブログです。

いつもドライブや旅行の話がメインですので、今回も100記事目ということに関係なくドライブの話題です。でも、いつもよりちょっと遠出することにしました。行き先は愛知県です。私は愛知県というのは、学生時代、伊勢・伊賀に旅行に行った帰りにちょこっと寄って名古屋城を見た程度で、あとは通るだけであまり行ったことがありませんでした。

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しかし、愛知県は日本の、特に中世の歴史では関わりが深く、信長のデビュー戦として歴史に名高い桶狭間の戦いや、大量の鉄砲で武田騎馬軍団を破った長篠の戦いほか、実にみどころのある城郭、寺社、史跡が多いのです。

そもそも信長、秀吉、家康という3人の天下人は、いずれも三河尾張の出身。つまり現在の愛知県の出身者なのですね。

そうかと言っても、東京から県都の名古屋までは約350kmほどあります。高速道路をフルに使っても、4~5時間はかかる計算なので、さすがに名古屋城や清州城、桶狭間といった本命はちょっと日帰りでは無理。

そこで愛知県のなかでも静岡県に近いエリアの愛知県に行くことにしました。

以前、袋井の可睡斎浜岡原発へ行ったこともあり、私としては静岡県はもうあんまり遠いという意識がない。

その静岡の県境をちょっと越えたところなら、日帰り圏内だろうという甘い考えでさっそく友達を誘って計画を立てました。

◆ ◆ ◆ ◆

それでもやっぱり愛知県は愛知県なので、この日は普段よりちょっと出発時間を早め7時前に自宅を出ると、途中で友達をピックアップして東名に乗りました。

でも、東名も意外と交通量があってびっくりしました(渋滞するほどではありませんでしたが)。

もしかして、世間のドライブ好きにとって7時というのは早くないのかもしれません。

途中、足柄SAで朝食としましたが、案外ここで時間を使ってしまった・・・

それでも渋滞にはまることはなく、9時頃には御殿場JCT付近に。

ここから去年できたばかりの新東名高速道路に入ります。

この新東名ですが、線形が非常によくできているので、速度が出やすい危険な道路です。

私は開通した年に一回、全線走ったことがあるのですが、その時はパトカーが多くて、結構みんなつかまってました。

みなさんも注意してくださいね。

そんなこんなでスピードメーターをよく注意しながら走っていた時でした。

ピー!

と何か警告音が。

メーターを見てみると・・・

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「給油してください」

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燃料のガソリンが少ないことは知っていましたが、もうちょっと先で給油しようと思っていたのが失敗でした。

そこでインフォメーションディスプレイを平均燃費に切り替えると、12km/Lとなっています。

次に航続可能距離に切り替えると、60kmとなっています。

しばらく走ると、案内看板があり、次の給油所がある静岡サービスエリアまでは32kmとあるので、なんとか間に合いそうです。

・・・とはいったものの、静岡サービスエリアまで結構長い。

ずっと「ECO」ランプを点灯させ、あまり踏み込まないように走りましたが、だんだん不安になってくる中で、2回目の警告音が鳴りました。

今度は燃料計のマークが点滅をはじめ、いよいよ危ない感じです。

後で取扱い説明書を見たところによると、この車は燃料が8リットルを切ると、一回目の警告が鳴り、インフォメーションディスプレイに「給油してください」の文字が出るそうです。

さらに5リットルを切ると、2回目の警告が鳴り、燃料マークが点滅します。

またインフォメーションディスプレイの航続可能距離表示は、この車の場合、航続可能距離が50kmを切ると表示されなくなるようです。

このことに関する情報は、スイフトRS乗りのかっちんさんの記事にもありますので、ご参照ください。だいたい他の車も航続可能距離表示は似たようなものなんですかね。

たぶん自動車を製造している側としては、早めの給油をして欲しいというのと、燃料が10リットル以下になると、航続可能距離に責任を持てなくなるから、表示しないようにしているんでしょう。

結局、車は燃料切れを起こすことなく、静岡サービスエリアまで持ちました。

しかし、そこで一つの疑問が。

セルフスタンドで給油したのですが、給油ノズルが自動で止まった位置で、計量器をみると46.8リットルとなっています。

取扱説明書によると、この車の燃料タンクは約60リットル入ります。

すでに2回目の警告音が鳴ったので、燃料は5リットル以下のはずです。

そうするともうちょっと入るのでは・・・と思いました。

まあ、ガソリンが高かったので継ぎ足しはしませんでしたが、エンジンをかけると、燃料計はフルになっているんですよね・・・

もしかしたら意外と燃料は残っていたのかもしれません。

それとも燃料計って意外とアバウトなんですかね。

ただ、燃料不足はエンジンを痛める可能性があると取扱説明書にあったので、やっぱり早めの給油をした方が良いようです。

今回は車の燃料に関していろいろなことを知りましたが、次からは早めの給油をしたいと思いました。

さて、静岡サービスエリアを出て、そこからまた延々と新東名を走り、終点まで行きます。

新東名の現在の終点は静岡県浜松市の浜松いなさJCT。

そこから先はまだ建設中で、東名方面へ向かう引佐連絡路と、長野方面へ向かう三遠南信自動車道(こちらも大部分は建設中)のみが供用されています。

ここを現在の終点である鳳来峡ICまで走ります。

◆ ◆ ◆ ◆

前置きが非常に長くなりました。

ほんでもって鳳来寺山頂駐車場。料金は一回500円。

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鳳来寺ICより、鳳来寺パークウェイを経由して30分ほどでしょうか。

この鳳来寺パークウェイは、麓と鳳来寺山の山頂を結ぶ道路ですが、かつては有料道路でした。

2005年に無料化されましたが、結局は山頂の駐車場でお金を払うことになります。

自動車を駐車場にとめると、歩いてまずは鳳来山東照宮へ向かいます。

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だいぶ上りました。奥三河の山々が見渡せます。

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15分ほどでしょうか。鳳来山東照宮につきました。

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山の名前は鳳来寺山ですが、この東照宮鳳来山東照宮を名乗っています。

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本殿と鳥居です。

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本殿は江戸初期のもので、重要文化財の指定を受けています。

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この東照宮は、江戸幕府の3代将軍家光によって造営がなされました。

その由来というのは、むかし、松平広忠(家康のお父さん)夫妻が鳳来寺にやってきて、参詣したところ生まれた子が家康であったとか。

その話を聞いた家光が、鳳来寺の伽藍の修理と同時にこの地に家康を祀る東照宮を造営したことが始まりだそうです。

家光というのは、2代将軍秀忠の子ですが、子どもの頃に、自分より容姿が優れ、秀忠にも可愛がられていた忠長という弟とお世継を争った経緯があります。一説にはこの時、家光の乳母であった春日局駿府の家康のもとに行き、状況を話したところ、家康が世継ぎを家光にするように決め、世継ぎが確定したという説があります。

その話が事実がどうかわからないにしても、ともかくも家光という人は大変祖父の家康を尊敬していたことは確かなようです。

そんな事情で鳳来寺山東照宮が創建されたわけです。

さてさて、東照宮をあとにした私たちは、そこから歩いてすぐのところにある鳳来寺へ向かいました。

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これが鳳来寺の本堂。1974年の再建だそうです。

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鳳来寺は、8世紀の創建を伝える古刹で、例の家康の誕生譚のおかげで江戸時代はずいぶん栄えたようです。

ところが明治時代に神仏分離でずいぶんと衰えてしまい、その後の火災の影響などもあり、かつての隆盛は失われてしまったようです。

これは元三堂の跡を示す石碑です。

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そんなこんなで鳳来寺の伽藍は今ではこの山頂の本堂と表参道にある仁王門くらいしかありません。

山頂では参詣客というよりは、ハイカーたちが休憩をしている様子が多く見られました。

ただ、見どころがないわけではありません。

鳳来寺山は、実は鳳来寺東照宮以外の点でかなり名前が知られている山なのです。

(つづく)