類聚メモ帳PART2

るいじゅうめもちょう(移転しました。)※移転したため、記事内のリンクにリンク切れがあります。ご了承ください。

代田橋の背の高い卒塔婆のある墓地(世田谷区)

ちょうど先週の日曜日のことだった。友達に会いに行くため、京王線に乗っていたところ、電車が代田橋付近を通過中、何気なく見た車窓から奇妙なものを見た。

それは墓地であったのだけれども、並んでいる追善供養の卒塔婆が、異様に背が高いのだ。「珍しい」と思った。場所を確認すると、代田橋の駅の手前にその墓地はあった。その場でGoogleストリートビューで付近を探索してみると、隣接する路地に面したブロック塀の上から、確かに背の高い卒塔婆が飛び出している写真を見ることができた。

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 後日、どうしても背の高い卒塔婆のことが気になった私は代田橋に繰り出した。

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京王線代田橋駅は、住所としては世田谷区大原にあるが、西へ進んでまもなくある環七通りを渡ると、渋谷区笹塚となるから、世田谷区の際に位置する。

 

代田橋駅自体は小さな駅で、駅前広場もない。南口は井の頭通りに接し、北側にはごみごみした商店街が広がる。各駅停車しか停車しない駅なので踏切が頻繁に鳴って、電車がひっきりなしに行きかう。

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後ろを振り返ると、東京都水道局の和田掘給水所がある。

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二つの配水池が世田谷、渋谷などの都内4区に配水を行ってる。大正時代に建築された配水池のため、老朽化に伴い建て直しが行われているのと同時に、現在、北側を迂回している井の頭通りを敷地内を通すことによって直線化する工事が行われている。これは京王線の高架化工事とも関連があるのだろう。

 

さて、問題の墓地である。

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京王線の線路の向こう側に雑木林が見える。

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雑木林の先には建屋があり…

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その奥に墓地が広がっている。

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墓地を望遠してみると卒塔婆が並んでいるのがわかる。

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写真だとわかりにくいが塀から大きく飛び出しているから、かなり背の高い卒塔婆であることがわかる。

 

私はこれを見た時、かつて訪れた三重県伊勢市朝熊山(あさまやま)の金剛證寺(こんごうしょうじ)で見た風習のことを思い出した。

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この地方では宗派を問わず、人が亡くなると、朝熊山に上り、供養のために塔婆を建てるそうだ。

その塔婆がなぜか異様に高く、大きいものだと8mもあるのだとか。

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これは「岳参り」とか「岳詣」と呼ばれるらしい。卒塔婆に故人の遺品をぶら下げたりする、といったことも聞いたことがあった。

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さて、踏切を渡って反対側へ。踏切際にこんな場所があった。

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奥には「大原斎場」と書かれた建物があった。

Googleストリートビューの画像を見るに、おそらく普段は鉄扉によって閉ざされているが、この日は祝日ということもあってか、門は開かれていた。

電柱を利用した結界門のような不思議な入口が印象的だ。

 

北側の路地を進むと酒場が数軒立ち並ぶ。

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さらに進むと、路地の塀に沿って、卒塔婆が屹立する様子が見て取れた。

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これは確かに普通の墓地にある卒塔婆ではない。だが、さすがに金剛證寺ほどの高さはない。これはなんだろう。どうしてこの墓地の卒塔婆だけこんなに高いのであろう。

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さらに進むと墓地に隣接して大原稲荷神社があった。

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ここの門も単なる鳥居ではなく、結界門のような感じになっている。

 

入り口横には石仏が祀られていた。Googleの地図によると「北向き子育て地蔵」らしい。

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由来等はよくわからなかった。

 

大原稲荷神社の参道を進む。人気はない。隣り合う墓地からは相変わらず背の高い卒塔婆がのぞいている。思えば神社に隣り合う墓地というのも珍しい。

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参道をしばらく歩くと突き当りは京王線線路。東側を向く形で、今度は石造の鳥居があった。

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境内は薄暗く、なんとも独特の雰囲気が漂う。

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こちらが本殿。

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手水舎

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神社内から墓地を見渡す。お墓参りの人がたくさん来ていた。

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東京都神社庁のホームページを参照するに、元禄15年(1702)の検地帳には、ここに稲荷社があることが見えており、社伝が言うには代田村の総代が京都の伏見稲荷大社を参詣し、神官の羽黒摂津守荷田宿禰信邦から「安鎮之證」を拝受し、これは今も現存するのだとか。

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境内は独特の雰囲気が漂っていた。

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しかし、神社に隣接する墓地、そして大原斎場という謎の建物、そして背の高い卒塔婆…いろいろ考えていくうちに、私はこの墓地の卒塔婆卒塔婆ではないのではないか、という思いがしてきた。

というのも卒塔婆には皆「祭主……」という文言が書かれており、「……大人命」という文字も見える。

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これは一般的な仏式の卒塔婆に書かれる経文や戒名とは違い、明らかに神葬祭、すなわち神道の形式のものだ。

神社に隣接する墓地、ということから考えても神葬祭の墓地である、といった可能性は否定できない。というより、そっちのほうが可能性が高い。

そうなるとこれは卒塔婆ではない可能性がある。

ではこれは何というのであろうか。

 

様々な疑問を残しつつ、代田橋の駅前に戻ってきた。

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もっといろいろ見たかったが、私有地内の墓地であるし、なにしろ卒塔婆が見えるのが普通の路地ゆえ、人通りもわりとあったので、墓地の方ばかり、あんまりジロジロ見るわけにもいかず、人がいない隙を見て何枚か写真は撮ったものの、あまり良い写真は撮れなかった。

墓地の卒塔婆(?)の真相と、「大原斎場」と書かれた建物に何があるのか、実に気になるところだ。

 

◆おまけ

京王線は今後、渋谷区の笹塚駅から調布市の仙川駅までの約7.2kmの連続立体交差化を進めている。

すなわち現在、世田谷区に所在する地上駅の代田橋、明大前、下高井戸、桜上水、上北沢、芦花公園千歳烏山の各駅は高架駅となる(八幡山駅は杉並区に所在し、環八をオーバーパスする関係上、昭和45年(1970)にすでに高架駅になっている)。

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代田橋や下高井戸など世田谷区内の京王線の駅前は、昭和の匂いが漂う独特の雰囲気が今も色濃く残されている。

高架化は区間内の25か所の踏切を除去できるため、事故や渋滞を減らす上ではぜひともやってもらいたい。

かつて調布駅付近の地下化がなされていなかった頃は、まぁとにかく京王線の踏切渋滞は酷く、国領や布田の開かずの踏切には驚かされたものだった。

高架化すれば、そういったものはなくなる。

しかし、高架駅ができて、町が変われば、あの雰囲気も消えてしまうのであろうか。

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やがて消えゆく線路と踏切とともに、これらの街並みも写真におさめ、記憶にとどめておきたいと思う連休最終日なのであった。

 

※幸いなことに代田橋付近の京王線高架化は、井の頭通りの直線化(放射23号)と関連して行われるのであろうから、線路は現在ある場所よりも南側に建設される。

あの墓地にはあまり影響はないであろう。景観は大きく変わるであろうが……

(終わり)