最乗寺は通称、道了尊と呼ばれています。道了尊とは、最乗寺の開山である了庵慧明(りょうあんえみょう)の弟子である妙覚道了(みょうがくどうりょう)のことで、師の死後、天狗になったとされています。この信仰は、だいたい江戸時代頃からと思われます。この道了尊を信仰する講中を道了講といい、江戸を中心とした関東一円や東海地方にその信仰圏を持っていたようです。出開帳(でがいちょう、御真体の出張開帳のこと)もたびたびおこなわれ、最近では2010年に80年ぶりとなる首都圏開帳が行われました。
本堂などがあるエリアから脇に進んでいくと、この結界門にたどり着きます。
天狗がお出迎え。これは道了尊の手下の天狗でしょうか?
大山とか、可睡斎とか、とにかく今年は天狗三昧です。
しかし私にとって天狗信仰は、本当に魅力的です。
幟(のぼり)には、「威徳神通道了大薩た」とあります。
階段を上り詰めると・・・
道了尊こと、妙覚道了を祀っている御真殿(ごしんでん)です。
妙覚道了は、最乗寺の開山の了庵慧明(りょうあんえみょう)の弟子で、最乗寺の開創に尽くした人とされます。
彼は師の了庵慧明の死後とともに天狗になって、最乗寺の伽藍(がらん)と民衆を守護する守護神になったと伝えられており、これが世に「道了尊」として信仰を集めたわけです。
しかし、師の高僧の死後に、天狗・守護神となるこの話は、静岡・引佐の奥山半僧坊とそっくりです。
こういった信仰の典型には、おそらく山岳を基盤とする修験道(いわゆる山伏)と仏教側の提携や協力関係があるように思われます。
そして、天狗の権現を祀る曹洞宗のお寺は、そのお堂を「御真殿」と言います。
天狗の三尺坊を祀る可睡斎もそうでした。
この言葉は手元にある国語辞典にはないので、おそらく宗教語、仏教語か曹洞宗の用語でしょう。
もっともこの天狗の権現の姿を「御真体(ごしんたい)」と言います。
それでこの時、御真殿のあたりをうろうろしていたら、「ぶぉー」というほら貝の音が聞こえました。
友達が「ほら貝を見てみたい」というので、御真殿の中に上がってみると、ちょうど希望者のための祈祷をするところだったようで、お坊さんが太鼓を「ドンドン」と叩いています。
ちょっと拝ませてもらおうと、入口近くで正座していたら、太鼓を叩いていたお坊さんが
「どうぞ、前の方へ・・・」
と仰るので、僕らは別に祈祷を申し込んだわけではなかったのですが、ちゃっかりと祈祷を申し込まれた方々のなかに混じらせてもらいました。
しばらくすると、太鼓がやみ、お坊さんが5~6人ほどゾロゾロと入ってきました。これだけでもものすごい迫力。
中心にいるお坊さんは、偉い人なのか、立派な法衣を着て、頭に頭巾のようなものをかぶり、いかにも「高僧」、「法師」といった感じです。
それで読経がはじまりました。
こういった天狗の権現を祀るお寺の祈祷は、大般若経(だいはんにゃきょう)の転読(てんどく)である場合が多いのです。
ここ道了尊の祈祷もそうでした。
大般若経の転読とは、こういうものです。
参考のビデオをどうぞ。
これは浜松・引佐の奥山半僧坊(おくやまはんぞうぼう)の祈祷の様子ですが、お経をひとしきり唱えた後、何やら唱えながらお経をアコーディオンのようにパラパラとしています。
これが転読です。
大般若経というお経は600巻もあって長いので、これを全部読誦(どくじゅ)していると大変なので、こうやってパラパラとやって、最初の部分をちょっと読んで、はいおしまい!次!とやるのです。そうしてみんなで分担して、これをやって、全部読んだことにする・・・つまり略読するわけですね。
逆に全部ちゃんと読むことを真読(しんどく)といいます。
大般若経の転読は、古来より行われ、現在もこうして各地で行われています。
大般若経は、災厄を除去するありがたいお経として、こうやって祈祷の場で読まれるのです。
極端な例だと、大般若経を入れた櫃を担いで町内を巡るだけでも、利益があるということで、千葉県横芝光町虫生の広済寺というお寺で、そういうことを今でもやっているそうです。
中世以来の古い大般若経も、各地に残されていますが、それらには人びとの災厄を除去すべし!といった願いが籠められているわけですね。
さてさて、そんな大般若経の転読が目の前で行われたので、私はそれはもう大興奮。
というか、感動しました。
歴史学を勉強しているので、転読という言葉や内容は知っていても、実際に見てみると、それはもう迫力のあるものでした。
リズミカルに打ち鳴らされる太鼓の響き、力強いお坊さんたちの声、パラパラと流れていく大般若経。
これは災厄が除去されているような気分になってもおかしくありませんね。
だいたい20分くらいでしょうか?
祈祷者の名前と願意を唱え、また読経をし、祈祷は終了。
祈祷が終わり、最後に真ん中の法衣と頭巾をかぶった偉いお坊さんが、私たちの方を向き、
「皆様、本日はようこそ道了尊へお参りくださいました」
と言って、去っていきました。
その後、別のお坊さんが、祈祷を申し込んだ人にお札を渡してすべて終了。
いやぁ、思いがけず、なかなか良い体験をしたものでした。
さてさて、道了尊の御真体はこんな感じ。
御真殿という言葉が、そこから来ているものであることは容易に想像できますが。
御真体は、もしかしたら「御神体」に通じるものがあるのでしょうか?
ところで、最乗寺には下駄を奉納する習慣があります。
下駄といっても、まさに天狗が履くようなこんな感じの高下駄。
なかにはこんな大きいものも。
ちなみに下駄は、二つで一足だから、そこから夫婦和合を祈るものとなっているのだとか。
高下駄のあるところから、さらに奥へ進んでいくと奥の院への入り口があります。
この石段は・・・
こんなに長くて、なかなか大変でした。
ひいひい言いながら、なんとか到着。
これが奥の院。
額に「十一面観音」とあるので、十一面観音を祀っているようです。
なぜ十一面観音なのか。
おそらく道了尊の本地なのでしょう。
秋葉山の三尺坊の本地も観音でした。
高尾山、秋葉山三尺坊、半僧坊、そして道了尊と驚くほど共通する特徴を持つ天狗の権現。
これは今後とも詳しく調べてみなければなりません。
上りはつらかった石段も、下りはわりと楽でした。
結界門のところまで戻ってきたら、滝が綺麗。
ここは新緑の季節が一番いいかな。
でも、秋の紅葉もまたいいかもしれませんね。秋になったら、また来よう。
車に乗り込んで、十八丁目茶屋というところを麦とろ定食を食べました。
麦とろは味噌味で、どこか懐かしい味わい。
昔ながらのお土産物屋といった感じですが、雰囲気もなかなか良かったです。
ほんでもってまた車に乗り込み、仁王門のところまで来ました。
ここからは眼下の町並みが見下ろせます。わりと標高が高いようです。
仁王門もまたいい雰囲気。
まあ、とにかくいろいろ面白いお寺でした。
ちなみに、この仁王門の近くにある「天んぐ」というお菓子屋さん(喫茶もある)に入ってみました。
入って物色していると、店員さんが
「いま試食をお持ちしますので」
と言って、お茶とお菓子を持ってきてくれました。
「道了餅」と「下駄まんじゅう」と「御焼」を半切れずつ二人分(私と友達二人連れだったので)。
結構、気前いいなぁと思いつつ、こんなにされちゃあ、買うしかないじゃないか。
商売上手いなぁと思いました。
まあ、もともと何か買うつもりで入ったからいいんですが。
それでもその試食に出されたお菓子がおいしかった。
あんまり甘い物は好きじゃないのですが、ここのはおいしかった。
さらに、お菓子もさることながら、一緒に出してくれたお茶がすごいおいしかった。
というわけで、お土産をいっぱい買ってしまいました。
みんなに分けたら、それなりに好評でしたので、味は確かなようです。
こうして二回目の最乗寺ツアーは終了しました。
(石橋山編へ続く)